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お燈まつり アイキャッチ

お燈まつり

火
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開催日時

2月6日 17:00~21:00

毎年2月6日夜に行われる神倉神社の例祭で、古代以来の熊野山伏の伝統をもち、白装束に荒縄を締め、ご神火を移した松明をもって、神倉山の山頂から急な石段をかけおりる男の火祭りです。このまつりは火の洗礼を受けるものとして始められたもので、炎の奔流は闇に火の斑を撒いて躍動し、その壮観さは、新宮節にも唄われているとおり「お燈まつりは男のまつり山は火の滝、下り竜」そのもので、昭和39年5月、県の無形民俗文化財に指定されました。

Address
開催地

和歌山県新宮市 神倉神社

和歌山県新宮市神倉1丁目13−8

Train Access
電車アクセス

JRきのくに線新宮駅から徒歩15分(神倉神社)

Taxi Access
車アクセス

阪和自動車道「南紀田辺」ICより約100km

お問い合わせ: 新宮市商工観光課

Telephone
電話

0735(23)3333

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お燈まつり特集

History

元は旧暦の正月に行われていた

御燈祭は、毎年2月6日に行われますが、もとは旧暦の正月6日に行われていました。古くは、祭礼で分けられた火が届くまで、各家で灯明を挙げることが禁じられていたことから、新年における「火の更新」を意味する祭りでもあります。
祭りの起源について、『熊野年代記』は、敏達天皇3年正月2日条に「神倉光明放」、同4年正月6日条に「神倉火祭始」と記しますが、当地の伝承は神武東征神話に起源を求め、高倉下命が松明をかかげて神武を熊野の地に迎え入れたことが始まりであるとしています。江戸時代には、現行の祭礼とほぼ同じものが確立したものと見られ、正月6日の開帳にあわせて行われたとあります。伝来の古文書『社法格式』が記すところによれば、正月6日の祭礼の後、8日に修正会が行われたともあり、このことから、御燈祭とは、新年を迎えるにあたって行われた、神倉聖による火の更新を意味すると考えられています。『熊野年代記』の伝える神話にもあるように、神倉は、一年間の生活を支える火を産出、操作、そして浄化する修験者たる神倉聖の拠点であり、浄化された火が人々に与えられる儀礼を意味しています。

お燈まつり 写真6

Focus

新年の火を迎える祭り

御燈祭の祭礼に参加できるのは男子に限られ、参加者は一週間前から精進潔斎を続けなければならず、精進潔斎の期間中は口にするものも、白飯、かまぼこ、豆腐など白い物に限られ、斎戒沐浴につとめなければならなりません。同じく祭りの一週間前には、ゴトビキ岩の注連縄が張り替えられます。
祭りの当日、「上り子(あがりこ)」と呼ばれる参加者たちは、白づくめの装束で街頭に姿を表します。上り子は、白襦袢に白の鉢巻や頭巾、手甲脚絆を着け、腰から腹にかけて荒縄を巻き、五角形の檜板にケズリカケを詰めた松明を手にし、松明には祈願の言葉をしたため、上り子同士で行き会うと挨拶として松明をぶつけ合いながら、熊野速玉大社、阿須賀神社、妙心寺を巡拝し、神倉神社に向かいます。
御燈祭には、その祭典の執行と警護にあたる介錯(かいしゃく、介釈とも)と呼ばれる役目の人々がおり、介錯たちは当日の午前中に神倉神社社務所に集合し、介錯の持つ介錯棒で餅をつき、それを小分けし、藁または縄で縛った「カガリ御供」と呼ばれる供物を調製します。介錯は、介錯棒を手にし、背に「神」の一文字が記された白法被に、手甲脚絆、草鞋履きの姿で集合し、2メートル近い大きさのある迎火大松明を奉じて、神倉山のふもとで祓いを受けてから速玉大社に向かいます。速玉大社での参拝が済むと、神職らとともに行列を組み、行列は先頭から錫丈を手にした警固、三本の御幣、カガリ御供などが収められた神饌唐櫃、迎火大松明、かつて修験者が入峯の際に用いたという鉞を手にした大社神職、介錯の順序になります。
行列の一行は、参集した上り子をかき分けつつ、山上社殿に着き、火を熾して小松明に点火し、小松明が社殿に迎えられると、社殿の扉を開いて神饌を供え、祝詞を奏上し、御幣の一本を社殿に収めて閉扉します。次いで、迎火大松明の先端が鉞で割られて点火され、石段途中の中ノ地蔵まで下ります。上り子たちは大松明の火を自分の松明に争って移し、山上へと向かい、全員が境内に入るのを待って介錯が入り口の木柵を閉じると、山上は立ち込める火と煙で目を開けていることも出来ない状態になります。午後8時ごろ、介錯が木柵を開くと、上り子たちは一斉に神倉神社の石段を駆け下り、各自の家まで走り続けます。闇の中を上り子たちが手にする松明の日が滝のような勢いで下ってゆくあり様は「下り竜」と称されています。
上り子たちが山を駆け下った後も、祭りの儀式は続き、神職や介錯らも山を下って整列し、阿須賀神社に向かいます。阿須賀神社では、神職が一本の御幣を捧持し、左右左と幣を動かしながら後じさりしつつ拝礼するという、独特な所作をする奉幣神事を執り行います。介錯はここで解散しますが、神職らは再び速玉大社に戻り、第1殿前で同じ神事を行って祭りの幕が降ります。

お燈まつり 写真2

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